CP -ONLINE REPORT MEDIA from TOKYO・CREATORS PARK- 東京・クリエイターズパーク

  • YouTube
  • facebook
  • twitter
  • RSS
TOP | NEWS

K.A.N.T.A スペシャルインタビュー

2011.11.08 up
K.A.N.T.A スペシャルインタビュー
       

ラッパー、プロデューサー、クリエイターとして活躍を見せるK.A.N.T.A。イギリスで生まれ育った彼は、現在までどのような道を歩んできたのか。K.A.N.T.Aしか持ちえない音楽性のルーツを探った。

 

 

CREATOR’S PARK編集部(以下、CP)

:バックグランドから話を聞きたいと思います。12歳までロンドンにいたんだよね?ロンドンにいたころ、音楽的なことやその他、どんな環境下で育ったの?

  

  

K.A.N.T.A:僕は90年代のなかばくらいにロンドンにいて、12歳まで育ったんですけど、周りの日本人の人たちはみんな、私立の日本人学校に行くんですね。ただうちは地元のプライマリースクール(公立学校)に行ったんです。イギリスってすごく格差のある社会で、お金持ちは私立の学校に行ってきちんとした教育を受けるんですけど、公立学校にはタクシー運転手だったり、アジア系の移民だったり、そういう親を持つ子供たちがいて、制服もなくて、UKのおしゃれな人たちとは全く違う環境にいました。そして毎日サッカーやったりして過ごしてました。

  

  

CP:ロンドン時代は楽しかった? 

  

K.A.N.T.A:僕がロンドンにいて一番良かったと思っているのは、地元のパブリックスクールに行っていたということですね。エデュケーションうんぬんではなく、マインドがローカルだということ。それは馬鹿なのかもしれないけれど、マインドが鋭くなったんです、ちっちゃいながら。遊び方も私立学校に通う子供たちとは違うし、それを海外で経験できたのは大きかったです。日本にいると何もかもが安全すぎるし、危険を感じることもないけれど、向こうだとちょっと町に出るだけでも危ないところはいっぱいあるし、そういうところで遊んでたっていうのが今の自分に生かされていると思いますね。

  

  

CP:危ない、ローカルな環境にいたことが、今のK.A.N.T.A.くんの音楽性にも少なからず影響を与えたってことかな?

  

  

K.A.N.T.A:そうですね。プライベートスクールにいっていたら、いまどきこんなパンクなことはやっていなかったと思いますね。UKはすごくパンク。ほんとにパンクな人は怖いんです。僕はそこを真似するんじゃなくて、感覚の部分をピックアップしましたね。中学生になって日本に帰ってきてから、改めて当時のパンクな人たちのことを思い出したりしたときに、「あぁ、あの時のアレってソレだったのか!」って(笑)。そういうのもフラッシュバックで思い出すことが多かったです。親の周りはすごくおしゃれで、当たり前のように良い音楽に触れていたので、自然にDNAに刻み込まれました。

  

  

CP:そして12歳で日本に来て、中学高校時代を過ごして、18歳でアルゼンチンのサッカーチームに入団する。どんな中学、高校時代だったの?

  

  

K.A.N.T.A:すごく辛かったですね。全然日本語もまともにしゃべれないし、読み書きもできない状態でした。見た目は日本人なのにしゃべれないからいじめられましたね。「ふざけるなよ」って思いがずっとあって、皆からどうやったらリスペクトされるか考えた結果、サッカーを頑張りました。ロンドンの感覚で日本に来たら、日本の人たちが全く違うなって気づいたんです。同じ歳なのに、日本人の方が子供っぽくて、こいつらに合わせなきゃいけないのか、すごくジレンマがありましたね。ロンドンに戻りたいってずっと思ってました。日本の方が勉強も難しいし、何にもついていけなくて、このままじゃやばいって。勉強できないんだったら、サッカーやるしかないなって。

  

  

CP:じゃあ、18歳でアルゼンチンに行ったっていうのも、まだそのときも日本に居づらさを感じていたんだ?

  

  

K.A.N.T.A:高校のサッカー部はインターハイの一日前で辞めちゃったんですけど、サッカーは続けたいという思いはずっと持っていました。日本行われたサッカーの考会でたまたま合格して、チケットもらってアルゼンチンに行ったんです。叱って伸ばすっていう日本の教え方があまり好きじゃなくて、海外のほめて伸ばす方が自分には合っていると思ってました。

  

  

CP:アルゼンチンのサッカーチームにいったんだけど、やめて音楽の世界に入ったのにはどんな理由があったの?

  

  

K.A.N.T.A:アルゼンチンのチームは2年契約だったんですけど、最初の一年が終わった時に母親が癌になってしまって、「これは帰るしかないな」と。「日本でもサッカーはできるだろう」と思ってたので。戻ってから、Jリーグの練習生としてやっていたんですけど、問題を起こしてチームから追放されてしまいました。途方に暮れてつつも、三浦泰年さんが監督をやっていた静岡FCから声をかけてもらってサッカーを続けさせてもらいました。それでもずっと思い続けていたのは、「こんだけサッカーに打ち込んでも、このレベルなのか」ってこと。だんだんサッカーが楽しくなくなっちゃったんです。

  

  

CP:それで音楽の世界に足を踏み入れたわけだ。

  

  

K.A.N.T.A:音楽を初めて人前でやったのは高校の文化祭だったですけど、理由はただ女の子にモテたいっていう単純なものでした。ヒップホップやってみよう、ってことでトラック作って、歌詞書いて、全部自分でやってみたんです。全然努力したわけじゃないんですけど、親とか周りの大人がすごく評価してくれたんですよ。それがサッカーと正反対だったんですよね。評価されるまでのプロセスが。その時のことを思い出して、「自分は音楽の方が才能があるんじゃないかと思って」。ある日、何のためにこの世の中に生まれてきたんだろうと考えたときに、すべてが見えました。僕がやるべきことは音楽だって。それからはただまっすぐ進んでいるだけです。

  

  

CP:ミュージシャンとしての活動なんだけれど、ウェブサイトはすべて英語だよね?活動し始めたころから常に対象として意識しているのは海外だったのかな?

  

  

K.A.N.T.A:そうですね。ウェブサイトを作る前から、海外でレコーディングをしたりしていました。あくまで僕の考えですけど、英語で全部歌っているのは世界の中にメッセージを届けるためなんです。日本語で歌ったら僕のメッセージはこの島国を出て行かないんです。日本人のアーティストの中に、英語を使って、しかもプロパーな発音で歌う人たちがもっと出てこないといけないと思ってます。僕は世界を変えたいから英語で歌ってる、っていうことなんです。日本のファンとはtwitterやfacebookなどで、日本語でコミュニケーションを取れる状態を作っています。そういうふうに臨機応変にやっていきたいですね。

  

  

CP:作詞から作曲まですべて自分でやっているんだよね?高校の文化祭の時から。

  

  

K.A.N.T.A:普通だったらミックスはエンジニアに渡しちゃうんですけど、それも全部自分でやっています。これからはミックスまで自分でやれるアーティストじゃないと生き残っていけないって僕は思ってて。昔はそこまでしなくて良かったと思うんですけど、これからはそこにどれだけこだわって自分の味を出していけるか。そこを追求してるんです。

  

  

CP:みんながみんなできることではないし、それをやるなかでの苦労はある?

  

  

K.A.N.T.A:ないですね。作っているときに自分の作りたい音がわかってるんです。なので、忠実にそこに近づけるには自分でやるのが一番確実なんです。なので、苦労とかはないです。

  

   

CP:影響を受けたミュージシャンっているの?

  

  

K.A.N.T.A:トッド・ラングレンとかビートルズですね。

  

  

CP:いまK.A.N.T.A.くんがやっている音楽性とは異なるけど、世界を変えたいっていうスケールの部分で影響を受けたってこと?

  

  

K.A.N.T.A:音楽的な部分でも影響は受けました。僕、ヒップホップを作っているつもりはあまりなくて、僕の音楽はクラシックロックだし、ラッパーとよく言われますけど、表現方法はラップじゃなくても良いし。ただ今はラップというコミュニケーションツールが世界ですごい使われているから僕は使っているだけなんです。

  

  

CP:ビートルズも今の時代に活動していたら、ラップを使っているかもしれないよね?

  

  

K.A.N.T.A:そうそう、オノ・ヨーコさんが「ジョンが今生きていたらラップをやってる」って言ってたんですよ!それを最近知って、「お!」って思ったんです。音楽的な構成に関しても、ビートルズやトッド・ラングレンの影響はとても大きいです。

  

 

CP:いま24歳だよね?これからミュージシャンとしての活動はまだまだ長く続くと思うんだけど、いまのK.A.N.T.A.くんが見てるビジョンはどのようなものだろう?

  

  

K.A.N.T.A:明確に言えることは、来年の頭に海外のレコード会社との契約結ぶということですね。夏までにアルバムを出して、そのアルバムでブローして、数ある賞を取りに行くつもりです。グラミーとか、その他の賞にも興味があります。音楽家として評価されたいと思っています。

  

  

CP:これから、益々の活躍を期待してます。ありがとう!

   

 

K.A.N.T.A:ありがとうございます!

 

 

 

 

 

K.A.N.T.A

K.U.D.O MAJOR FORCE を父親に持つ、24 歳のラッパー/ プロデューサー。CLASSIC ROCK、HIP HOP、DUBSTEP をミックスした温故知新でオリジナリティ溢れる世界レベルのサウンドを展開。公式リリースがないにも関わらずジェイムス・ラヴェルやジャイルス・ピーターソンといったアーティストの絶賛を受ける。また国内のファッション/ 音楽業界関係者からも注目されており、モデルとしても活躍している。現在デビューアルバムのROYAL NEW STANDARD絶賛発売中。

  

  

K.A.N.T.A オフィシャルサイト: http://kantaland.com/

K.A.N.T.Aが制作、プロデュースするオリジナルブランド: http://kantaland.com/#9d0/custom_plain

K.A.N.T.A OFFICIAL HAND MADE RING: http://kantaland.com/#943/custom_plain

POSTED BY
Mitsutomo KAWAMURA
Mitsutomo KAWAMURA
1977年生まれ。洋服だけでなく、あらゆるジャンルの"表現者"と共にシーンを創る、
そして紡ぐということをコンセプトに2006年にエージェント4Kを設立。