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theatre tokyo/creator’s park スペシャルインタビュー

2012.10.29 up
theatre tokyo/creator’s park スペシャルインタビュー
       

Vol.2 カンボジア・大衆に支持された映画たち〜ダヴィ・チュウ監督〜


text/photo/translation : 本間順子 (creator’s park)
* 一部名称が公式プログラム等における表記とは異なります。原語の音声に則した表記としたことを予めお断り申し上げます。

2012年10月20日(土)に開幕した第25回東京国際映画祭。
そのアジアの風部門「ディスカバー亜州電影~伝説のホラー&ファンタ王国カンボジア」としてトップを飾ったのは、
本映画祭最年少監督である在仏カンボジア人、ダヴィ・チュウ監督の『ゴールデン・スランバーズ』。

1960年代から70年代に映画王国として黄金期を迎えていたカンボジア。
しかし1975年のクメール・ルージュによるポル・ポト政権の樹立によって、映画監督、俳優、そして歌手が命を奪われ、400本ものフィルムから現存するのは30本。その多くはVCDやVHSで非常に小さなシネフィルのコミュニティで共有されてきたものだった。そのうち鑑賞に堪えうるのは10本という。
自らの祖父が当時の名プロデューサーであったダヴィ・チュウ監督は2009年、1年間プノンペンに滞在し、戦禍に散逸していたフィルム、当時の名監督、名女優、シネフィルたちの証言から集合的記憶として、カンボジア映画の黄金期とはどういう時代であったのか、そして、その後各自がどのような体験を経ていったのか、今をどのように生きているのかを再構築していった。

20日の上映後のQ&Aで、客席から「先日お亡くなりになったシハヌーク前国王は、映画を愛し、カンボジア映画を牽引したお方。今回触れられていないのは、何か理由があるのでしょうか?」との問いに、ダヴィ・チュウ監督は「故シハヌーク殿下は国際映画祭なども意識されて、当時フランス語で映画を製作されていたので、観客はフランス語を理解する人々、官僚、学生、外国人などに限られていました。今回私の作品で対象としたのは、一般に広く親しまれた”大衆映画”とされるものなのです」と答えられた。

かつてアジアを席巻した、この「大衆映画」の持つ力というのは、四方田犬彦著『アジア映画の大衆的想像力』(2003年、青土社刊)で、カンボジアも含め、アジア各国の事例から論じられているが、この『ゴールデン・スランバーズ』は劇場が次々と姿を変えていく時代の中で、「ある国の悲劇の映画史」という枠組みを超えて、一作品ごとの映画の持つ力強さについて、今、大きなヒントを与えてくれている。


この作品の形式やコンセプトには、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督、アピチャートポン・ウィーラセタクン監督という2人の監督からの影響を受けている。

まずはじめに、監督、このような重要な映画をおつくりくださり、心より感謝申し上げます。
10年前、私は10ヶ月程、プノンペンに留学していました。監督の作品が公開されるまで、カンボジア映画の黄金時代について、私は資料*でしか知りませんでした。この時代の映画というのは、国内外のカンボジア人コミュニティ(難民となってカンボジアの国外で生活している人々のコミュニティはアメリカ、フランス、カナダ、オーストラリア、日本などにある。)にとって単に内戦の時代を生き抜いた人々のノスタルジーというだけではなく、世界遺産のアンコール・ワットのような、民族の誇りとしても感じられました。
First of all, I’d like to say thank you for this great and important film.
Almost a decade ago, my major at University was Cambodia Studies and spent 10 months in Phnom Penh in 2002-2003. Before your documentary came out, I only knew the golden age of Cambodian films from texts.
I think the film of this age is not only nostalgia of survivors but national pride like the Angkor of world heritage for people in Cambodia community.


* CULTURES OF INDEPENDENCE: An Introduction to Cambodian Arts and Culture in the 1950s and 1960s, Reyum Publications (2001)
KON. The Cinema of Cambodia, Department of Media and Communication, Royal University of Phnom Penh (2010)


そして、この映画は歴史的に重要なアーカイブとしてだけではなく、各シーンの構図、編集に非常にファンタスティックで美しい、映画としてのこだわりを感じました。どのような映画、どんな映画監督の作品が一番お好きですか?
This film was great not only as historical archive but also the composition of each shot and the way of editing were so fantastic and beautiful.
What films or filmmakers in the world do you like the most?


一番!それは難しい質問だ(笑)
アジアの映画監督と他の地域でまた異なってくるんですが、台湾の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督、小津安二郎監督、韓国のホン・サンス監督です。そして、この『ゴールデン・スランバーズ』での形式やコンセプトには、中国の賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督、タイのアピチャートポン・ウィーラセタクン監督という主に2人の監督から影響を受けています。
他方で、アメリカ映画も大好きで、けっこうたくさんあるので、あえて言うならば、例えば、マイケル・マン監督、ジェームス・グレイ監督が好きです。最近のフランシス・フォード・コッポラ監督の作品や、70年代のアメリカ映画も好きですね。自分はフランス人なので、映画への理論的な手法はヌーヴェル・バーグの継承やフランスのカルチャーです。言ってみれば、すべてがミックスされています。

The most of most? It’s hard to say but I divide between Asian filmmakers and others; Hou Hsiao-Hsien (Taiwan), Yasuziro Ozu, Hong Sang-soo(South Korea). Two main filmmakers in the behind of “Golden Slumbers”, Jia Zhangke(China) and Apichatpong Weerasethakul(Thailand). Two main influences I set form and concept behind the“Goldern Slumbers”.
But I love also American films, it’s a lot but I would say, Michael Mann and James Gray, for example. And also the latest work of Coppola and American films of 70’s. And also because I’m French, I have a theorical approach to films which is the heritage of Nouvelle Vague and French culture. So it’s all mixed.

小津安二郎監督以外に、最近の日本映画についてはどうですか?
How about in Japanese filmmakers?

黒沢清監督の『トウキョウソナタ』(2008)は、素晴らしい作品だと思いました。というのも、彼はミザンセーヌ、これはデクパージュと同様、フランス語の映画用語ですが、そのクラシックな映画製作をすることができる最後の巨匠の一人だと思います。撮影され、編集された全てのショットが本当に偉大な監督です。河瀬直美監督の作品のいくつかも大好きで、『沙羅双樹』(2003)はここ10年の中でベスト映画に入ります。

Kiyoshi Kurosawa, his last film, “Tokyo Sonata”, I think it was amazing film because one of the last master of Mise en scène, is word for filmmaking in French, is like decoupage, so one of the master of classical film making, I would say. All the shot where editing and shooting was really great master. I like a lot some of the film of Naomi Kawase, especially “ Shara (2003)” is one of the best film in last 10 years.

Golden Slumbers / English version from Vycky Films on Vimeo.

イヴォン・ヘム監督「一番最初に上映したとき、誰もがカンボジア人がこんな映画をつくれると思っていなかったんだよ」
女優ディ・サヴェット「写真を観れば、まるで昨日のことのよう。私独りになってしまったけれど。でも、写真があれば、自分たちは死なない。」



当時の監督たちは全て自分自身の文法で映画をつくり始めた。非常にシンプルな手法で力強い作品を生み出していた。

監督はカンボジアの内戦で言えば、戦後世代であり、フランスで生まれ育ちました。何とか戦禍を生き延びた30本のフィルムにまつわるドキュメンタリー製作を通して、当時の作品の中で好きな作品に出会いましたか?
You are a post war generation and grown up in France. Through this film making you met 30 films anyhow survived from Pol Pot regime, did you find something you like among those films? What is the title and what kind of the story? How did you feel about the stories?


はい、たくさんありますが…それは『The Time to Cry/Pel Del Trov Yum (泣かずにはいられない)』(ウン・カントゥオック監督、1972年。当時では数少ない女性監督。)です。『ゴールデン・スランバーズ』の一番最後のシーンでわずかに挿入されている、女と男がオートバイで去っていくシーンなのです。映画のあまりの美しさに、非常に心を動かされたんです。そして、何と言っていいのかな、あまりに彼ら(ヴィチャラ・ダニィ/Vichara Danyとコン・サム・ウン/Kong Sam Oeun)のことをリサーチしていたから、これは亡くなってしまった俳優たちをドキュメントしているようで、映画を通して彼らがお互いを愛おしく思い合っているのを観るとき、単に映画への愛というのを超えて感じる何かがありました。

というのも、誰にとっても非常に重要なことは、これが彼らふたりが一緒に映っている、彼らが生きていた最後の映像なのです。彼らは60本ものラブストーリーを共演しているふたりでした。でも、今私たちが観ることができるのは、そのうちの1、2本。だから私にとって映画のクオリティを無視しても、この映画には非常に心を揺り動かされるのです。

Yes, there is many films….is in the very end of film that I showed small extract, a boy and girl gone by bike, the title is “The Time to Cry” (1972, Ung Kantuok). For me what I ensued is so moving, because the film is so beautiful and also because I don’t know how to say…it’s like document on the dead actors because I researched about them so much and when I see them love each over the film, I feel something even beyond love a film which is just last document of their life, because that is so important for everybody and this is last image of them, only image of them together, and they were playing acting together for 60 films together having love story just one or two films now we can see with them. For me even beyond the quality of film, I found see this film so moving.

この個人的な思い入れを別として、今回上映されるティア・リム・クゥン監督の『怪奇ヘビ男』(1970)、『天女伝説プー・チュウク・ソー』(1967)も好きですね。ティア・リム・クゥン監督も巨匠です。監督はショットと編集がとてもとても卓越していて、各シーンのデクパージュなどはクラシックなハリウッド映画のようなんです。何よりもひどく感銘を受けるのは、当時の監督たちは師匠が存在しないところで全て自分自身で映画をつくり始めたということです。それでいて、非常に美しいショットを残されている。当時の作品の中には観るに耐えないクオリティのものもありますが、それは問題ではなかったというか、中には非常に強さをもった作品がありました。

また、劇中、公開できなかった『The Sea Horse/Ses Samoth(海馬)』(1975)を朗読している『ゴールデン・スランバーズ』のメインキャラクターであるリィ・ブン・イム監督。監督の『12 Sisters/Puthisen Neang Kongrey(12人姉妹)』(1968)を観たとき、びっくりしました。というのも、映画創世記の魔術師と称されるジョルジュ・メリエス(1861-1938)のような特撮で、映画の文法を新たにつくり直していたからです。しかし、ジョルジュ・メリエスの影響ではないところで、非常にシンプルな手法で監督は地震や空飛ぶブタ、空飛ぶ馬といった特撮を行っていることが、この作品の驚くべきところです。映画の誕生のような、全ての映画の特撮の初期のような心持ちで、35mmのシネスコというユニークなミックス加減に、この作品の強さを感じました。

Out of this personal approach, I would say when I see Tea Lim Koun films that we’re going to see here “Snake Man” and “Peov Chouk Sor”. I think he is also master of film making. He’s very very good in the shots and editing, decoupage of each shot goes, it’s like classical Hollywood film for me, and I’m very impressed that filmmakers at that time that started to make film by own, no master, no teacher just did by themselves and very beautifully shot. That’s why I was so impressed. But also there is the last thing I love in watching some Cambodian films because some are not very good, that’s OK, it’s not question but some of them for me it’s very strong.

It’s like Ly Bun Yim, the main character of my film, speak about “The Sea Horse/Ses Samoth”(1975). When I see one of his film “12 Sisters/Puthisen Neang Kongrey”(1968), is amazing because is like reinventing grammar of cinema because making special effect like Georges Méliès (1861-1938). This film is amazing because making the earthquake, the flying pig or the flying horse, this is special effect that is very simple that weren’t influenced by Georges Méliès, in the beginning of movies. So feeling of birth of cinema but in 35mm cinema scope so this is unique. 35mm and beginning of special effect of all cinema so this is unique mix, that is making me feel something very strong.

時には映画そのものよりも、人々の映画についての語りの方がずっと強く人々に記憶されるものとなるのではないか。

20日の『ゴールデン・スランバーズ』上映後に行われたQ&Aセッションで「なぜ最後まで黄金期の作品の映像を登場させなかったのか?」という客席からの質問にダヴィ・チュウ監督は2つの理由でお答えになりました。1つは直接的な映像ではなく、人々の記憶を再構築することで当時のことをアーカイブするという挑戦でした。「たとえ映画としてすでに存在していなくても、人々の記憶、写真、テーマソング、ロケ地といったものを再構築することによって浮かび上がってくる映画の強さというものを伝えられるのではないか」と。

私はこの人々の集合的な記憶から再構築していくアーカイブアプローチは、本作品の共同プロデューサーを務められたカンボジア人のリティ・パニュ監督がクメール・ルージュと人々の記憶について、ご自身の作品を通して示してきたように、紛争や戦争、災害などによって引き起こされた甚大な喪失に私たちが直面したとき、非常に意味のあることだと思います。そして、さらに戦後世代を代表するダヴィ・チュウ監督がこの作業を取り組まれたということも極めて重要なことだと思っています。

さて、もう1つには、映像を観ることが叶わないことから起こる不満や観たいという欲求から、観る人の想像力を喚起したかった、ということでした。それは、YouTubeやFacebook、Googleなど、インターネット上で常に映像が消費される中で生きている私たちの世界への挑戦でした。カンボジアでの上映では、どのような反響がありましたか?


At the Q & A at TIFF on Oct 20, for the question why you didn’t show any films of this age until the end, you answered 2 reasons; The one is a challenge to archive the history of this age from rebuilding of peoples’ memory, pictures, songs and places without real films. Rather it would be stronger for people than showing real films.

I think this archiving technique of rebuilding from collective memories from people is really important when we face with huge loss mostly happened by conflict, war and disasters, like filmmaker Rithy Panh has also been showing us regarding peoples’ memory and the Khmer Rouge regime through his films. And I think this is quite important thing what you’ve done is you are representing from post war generation.

The another is an intention to raise peoples’ imagination from their desire and frustration that came from they couldn’t watch the images. It is an challenge that we live in the world that every single minutes we can consume images from internet like YouTube, Facebook and google etc.Those two reason are what you mentioned on Oct 20. How was the impression about this documentary from audience in Cambodian community?


とてもとてもよかったです。でも非常に不安でした。この映画には60年代から70年代の作品の映像がほとんど出てこないので、観客ががっかりしてしまうのではないか、と。中にはがっかりされた方もいるでしょう。でも非常に多くの人からとても嬉しい映画だと仰っていただけました。私はフランスやアメリカ、オーストラリア、カナダにいる在外カンボジア人について触れなければなりません。長年カンボジアへ帰国していない方々にとって、この映画は非常に揺り動かされるものでしょう。これらのカンボジアの映像や記憶というのは、彼らにとって、、、

そう、今回東京国際映画祭のQ&Aセッションで在日カンボジア人の男性が終了後やってきてくださいました。彼の奥さんは日本人で座席にいらっしゃって。彼は映画中ずっと涙していたそうです。彼は劇中の全ての映画を知っていて、まるで子どもの頃へ戻ったようだった、と。映画についての語りの方が、時には映画そのものを見せることよりも彼らにとってずっと強い力を持って記憶されるのではないかと思います。この映画を観て感動したという在外カンボジア人からの反響をたくさん頂いています。

It was very very good. But I was very afraid that they gonna be so disappointed that I don’t show any extracts. Maybe sometime they were disappointed but I was spoken with so many peoples that they were so happy. I have to say Cambodian people live in abroad, in France, America, Australia or Canada, I know they would be always very moved because they don’t used to go back to Cambodia when these images of Cambodia and memories for them is like…

after the Q&A session at TIFF, one Cambodian guy living in Japan came to see me in the end, his wife was sitting because his wife is Japanese. He told me he was crying all the film because he knew all the stories and for him was like going back to his childhood. Sometimes I think that telling the story of the films even more stronger for these people to remember than just showing the films. So I had a lot of reaction from Cambodian people live in abroad that was touched by this film.


Director Ly Bun Yim on Golden Slumbers (2011)




この映画を観て、カンボジアの若い人たちも誇りに思ってくれている。自分では全く意図していなかったけれども。

監督のような戦後世代の若い世代にとって往年の映画を観るということにどのような反響がありましたか?
How about younger generation like you, among post war generation to see the old films?


カンボジア本国ではこの映画を2回上映しました。往年の名画を全て知っている世代からも、若い世代からもとても大きな反響がありました。というのも、あなたが最初に言われたように、事実、カンボジアの若い人たちがこの映画を観て、カンボジア人としての誇りを強く感じる何かがあったようなのです。私は全くそのために映画をつくったわけではなかったのですが。彼らが日頃観るカンボジアについての映画は、海外の観客のために上映されるもので、それはクメール・ルージュ体制や売春、汚職だったり、もちろん映像作家が向き合わなければならない現実の社会問題が多いのです。

しかし、今回、彼らは自分たちの国の幸福で、栄光に輝いた時代の映画を初めて観たわけです。そして、この誇りは太古のアンコール・ワット遺跡とは異なり、現代のものなのです。この映画からカンボジア人としての誇りを感じて、メールやFacebookを通じてたくさんの感謝の気持ちを受け取りました。これは私は全く意図していなかった反響でした。だって、そうでしょう、映画はつくりたいからつくるもので、このような目的でつくるものとは私は思っていなかったので。でも、この予想外の反響に、このことが新しい映画や何かをつくるエールとなるのなら、私はとても嬉しく思います。

時代を超えて、何回でも観に行きたいと思える映画体験、その作品力とは

And I showed this film twice in Cambodia and it was very good reaction from the old people they know all stories but also from young generation. Because as you were saying in the beginning, but I never did film for that but the fact is I saw that the young Cambodian people the ones saw the film, they feel something to be very proud because usually they see films about Cambodia showing for the international audiences would be about Khmer Rouge regime or social issues such as prostitution, poverty and corruption which is real issue that we should dare with as filmmakers.

But for them it’s first time to see film that show a happy period and glory period of the country. And different from Angkor Wat temple that is so deep in the past. So I could see that I red a lot of e-mail and Facebook messages like “Oh, thank you!” and they feel like something proud from the film. I’ve never intended to do that for that. You just make a film because you feel you want to make a film, not for this kind of purpose. But I’m very happy this happened. If it can be helpful to encourage them to create new films something.

この映画の撮影前に、カンボジアで小さな映画祭を行いました。デジタルファイルで発見できた30本の映画のうち、10本を上映しました。会場に壁打ちをした形なのですが、20歳くらいから子どもまで若い世代が多く参加してくれました。ある子どもたちは午後2時の回に来て、それからまた夕方5時の回に戻ってきたんです。私は「おお、ごめんね。さっき上映したのと同じものを上映するんだよ」と伝えると、彼らはこう言うんです。「知ってるよ!また観たいんだ!」

これってすごいことだと思うんですよ。当時を知っている方々が私に同じ作品を3回も観に行ったと話してくれた、その40年前と全く同じ気持ちが現代の子どもたちにも起こって、同じようにもう一度観に来たのですから!子どもたちもこの映画を観てとても幸せそうでした。風景や慣習、物語についての会話や感じ方について、当時の人々から聴いたのと同じように起こり、そして幸福に感じていたのです。

Before shooting this film, I organised small festival in Cambodia and I showed 10 films among 30 films that I found in digital files. I just showed on wall in a place and many young people came people around 20 years old and also kids came. Some kids came screening at 2pm and came back another screening at 5pm and I told them “Oh, I’m sorry, this is same film I showed last time” and they said “We know! We want to see it again!”.

I was incredible that exactly same feeling 40 years ago because people told me that they watched same film three times. And they did it same! They were so happy to see the films. The same feeling before I was heard that Cambodian people were speaking and recognising the landscape, culture and story, they felt very happy. So this is the kind of reaction.

時代を超えて、世代を超えて、継承されるべきストーリーがある。

これらの映画を観たかったら、どのようにアクセスすることができますか?
How can we access these films if we want to watch them?

Golden Age of Khmer Cinema“というブログをチェックしてみてください。フランス語でまとめられているのですが、もうすばらしいブログです。ここにはビデオクリップへのリンクが多くあって、Youtubeでだいたい20本程度観ることができます。すごいんですよ。それらはフィルモグラフィーから、俳優の名前、製作年、タイトル、全ての情報がそこには集められています。

Visit “Golden Age of Khmer Cinema” that is a wonderful, amazing blog that all written in French. That has many link of video and you can see maybe 20 films on Youtube, that’s amazing. And they have all information about filmography, name of actors, year and title, everything.

黄金期の映画監督たちは、戦争を経て製作は辞めてしまったのでしょうか?
The filmmakers of the Golden ages of Cambodian cinemas, have they quit filmmaking today?

ほぼそうですね。この映画の中で彼の子どもたちに語りかけていたイヴォン・ヘム監督は、長期にわたって体調がすぐれず、2か月前にカンボジアでお亡くなりになられました。彼はクメール・ルージュの政権崩壊後、監督として復帰しようとして、3、4本製作していました。ヴェトナム占領下では映画が禁止されていたので、1987年にようやく16mmで撮影を再開しました。その作品が『The Shadow of Darkness(闇の影)』で、それはクメール・ルージュ版『ランボー』のようなアクション映画です。

Mostly yes. But Yvon Hem, the one who was speaking with his children in my film, he passed away two months ago in Cambodia. He was very sick for long time. He tried to be a filmmaker again and made 3 or 4 films after the Khmer Rouge regime. The first shooting was in 1987, he shot first shooting by 16mm shooting, the title is “The Shadow of Darkness”, it’s kind of “Rambo” in Khmer Rouge, is action film of Khmer Rouge. Because cinema was forbidden under the Vietnamese occupation.

他の監督はどうですか?製作を継続されている方はいらっしゃいますか?
Any other filmmakers still have been making?


フランスに渡り、タクシー・ドライバーとなったリウ・スレン監督は、その後再び映画をつくることはありませんでした。私の撮影中、青いスクリーンの上に大きな城があったのですが、それは90年代に映画を製作するために建設された新しいスタジオだったのです。残念ながら、予算の問題などでただ一つの作品がつくられた他は、それ以来製作されていません。彼らは新作をつくる意欲はあって、脚本は書いていらっしゃるんですが、予算の問題もあり、また、技術も大きく変わってしまっているということもあるかもしれません…

Liv Sreng, the one who went to France and became a taxi driver, never film making again. When I shot film there was big palace on the blue screen, it’s a new studio built in the 90’s to make some new films but unfortunately for question of budgeting, it could just have one film and never released then. They would’ve wrote making new films but no budget and they would love to make new films but maybe technical matter has changed a lot…

巨匠たちはご自身の経験やカンボジア人としてのプライドといったものを若い世代へ継承していますか?
Do they share their professional experiences or this national pride to younger generation?


十分ではないですね。例えば、イヴォン・ヘム監督はときに非常につらく、悲しい思いをされていました。彼には伝えたいものがたくさんあるにもかかわらず、自宅にただ独りいて、まるでこの国は彼を見捨てたようなのだ…と私に語っていました。そこで私が主宰している「Kon Khmer Koun Khmer(カンボジアの映画、カンボジアの子ども)」という映画製作やアートマネージメントにフォーカスした若手クリエイターや学生のグループでお話を伺おうとしていたのですが、残念ながら間に合いませんでした…
カンボジアには映画学校がないと思うので、映画学校をつくるプロジェクトを計画しています。そうすれば、彼らが教師として立てる場所ができる。60年代、70年代の映画というのはもちろんまだアマチュアな面もあったでしょうし、技術も現代と比べたら全く違ったものであったと思います。それでもなお、それはカンボジアという国の映画史の一部ですし、国内では非常に成功していた歴史であるわけです。往年の監督たちには若い世代へ継承するべきストーリーがあって、だからこそそのためのポジションが必要と考えています。将来のカンボジア映画史には、映画学校があってほしいと願っています。

Not enough. I know that Yvon Hem, for example, he was very bitter, sad sometime because he was telling me that he has a lot of things to share but is like this country abandoned him and just alone in his house and he would like to share… so we’ve tried to put in a contact to a group, my KonKhmerKounKhmer, tried to speak together with some people but it was at the end of his life… I think there is no film school in Cambodia but one day if there is a film school in Cambodia, there is a project for a film school. People have a school to be there as teachers, maybe of course, the films of 60’s-70’s was still very amateur, not very professional, so the technique is very different from today but their part of cinema history of country, they were very successful in the country and they have some stories to share, they have something to give for young generation so I think they need a position. In the future of Cambodian film history, I hope there is.

フランスは映画製作のための助成制度が整っていて、映画は製作しやすい環境がある

日本や他の国々でも同じような状況が起きていると思うのですが、若手の自主映画監督たちの多くが、製作や宣伝のための資金集めに苦労しています。製作しても上映する機会が限られていたりしています。さらには、デジタル上映を導入することが資金的に難しかったり、観客の減少で劇場が消えていくということが起きています。
ダヴィ・チュウ監督はどのように対応されていますか?何か日本の私たちとシェアしていただけるような好事例などありますか?
In Japan and other countries same situation have been happening that there are many young independent filmmakers are arising and they are facing difficulty of funding for production and promotion and less opportunity to screen even they’ve done film production. Further, at the same time many theatres have to close their business because they cannot install new digital screening system and lack of audience to come. How do you manage these issues? Any good practices to share with us in Japan?


私はフランス人でフランスにはユニークなファンディングの制度があるので、私たちは非常にラッキーだと思います。フランス文化省には様々な助成金制度があり、またTV局にも映画のための予算確保を義務付けているので、フランスには映画製作のためにはいろいろな手段があるのです。ですからフランス人は毎年たくさんの映画を製作しています。私のこの『ゴールデン・スランバーズ』はフランスの多くの助成金から製作されました。また、釜山国際映画祭のアジア映画基金、シンガポールのアート・ネットワーク・アジアからも助成を受けています。でも、カンボジアはどうかというと、映画製作の資金はないですね…

I’m a French and in France there are unique system for funding and we are very very lucky. Ministry of Culture in France, they gives a lot of money, many different subsidies in residents and Ministry obliges TV to put money on films so there are many ways to produce films that’s why French produce so many films each year. So my film “Golden Slumbers” a lot produced from French subsidies and also by Asia, because it was funded by the Asian Cinema Fund of Busan Film Festival, and also the Art Network Asia, funding from Singapore. But there is no money in Cambodia films…

新作について何か考えられていますか?
What is in your mind for your next film?


今、新作の脚本を書いているところです。長編のフィクションで、カンボジアの若者についてのストーリーです。プノンペンの若者の今を、友情や男っぽさとして描いてみたいですね。東京でも上映されることを願っています。

I’m writing now new film, it’s a feature, story about young people in Cambodia, it’s not a documentary but a fiction, I want to expose to tell a friendship, virile but youth today in Phnom Penh. Hopefully it will be screened in Tokyo.



『ゴールデン・スランバーズ』(2011)
96分/クメール語・フランス語


ダヴィ・チュウ 監督
1983年生まれのカンボジア系フランス人。
これまでに短編“Davy Chou’s First Film”(06)とカンボジア旅行中の08年に撮った短編“Expired”を監督。
09年にVycky Filmsという自身の製作会社を設立。同年、カンボジアで「Golden Reawakening」展(甦る黄金時代展)をキュレーションし、60年代、70年代のカンボジア映画を上映。
初の長編作品となる本作は釜山国際映画祭(2011年)を皮切りに、ベルリン国際映画祭(2012年)など各国の映画祭にて上映されている。


Golden Slumbers (2011)
96min/Khmer, French


Davy Chou is a French-Cambodian filmmaker. He directed two short films: Davy Chou’s First Film, shot in 2006 and Expired, shot during a trip to Cambodia in 2008. In 2009, Davy Chou founded the production company Vycky Films. The documentary film Golden Slumbers is his first feature-length film, premiered at the Busan International Film Festival in 2011, and went on to screen at festivals around the world, as well as being selected as part of the Berlinale Forum in 2012.

POSTED BY
Junko HONMA
Junko HONMA / Movie Journalist
「クリエイターとのダイアローグからそのさきへ。そんな“場”をつくっていけたら。」
2012年より映画の上映会や配信の運営、PR、TVドキュメンタリーの制作の現場を経て、“ことばで伝える”ことに立ち返り、表現を取り巻く状況が大きく変わりゆく時代の中で国内外で“領域”を越えて、新たな取り組みに挑戦しつづけるクリエイターのいまをお伝えします。本サイト「theatre tokyo/ creators park スペシャルインタビュー」ほか、ウェブマガジン『HYPEBEAST.JP』ではライフスタイル、カルチャーの翻訳を担当中。大阪の制作、エキストラで初参加させていただいた、リム・カーワイ監督作品『Fly Me to Minami~恋するミナミ~』DVD/iTunes配信も絶賛発売中!!