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theatre tokyo / creator’s park スペシャルインタビュー

2013.04.17 up
theatre tokyo スペシャルインタビュー
       

Vol. 9
こころの変化を映すのはおもしろい―『桜並木の満開の下に』 舩橋 淳 監督 


text/photo : 本間順子

web上の映画館theatre tokyoにて昨年10月に先行上映させていただいた、3.11の震災による原発事故で故郷を離れ、現在も埼玉県の旧騎西高校に避難を余儀なくされている双葉町の人々についてのドキュメンタリー『フタバから遠く離れて』
 
。臼田あさ美主演『桜並木の満開の下で』のクランクイン3週間前に震災が起こり、撮影中止となった結果として、制作されました。その後、『桜並木の満開の下で』は日立市が復興に向かう中で、「震災があったからこそ、つくろう!」という市からの再オファーによって、制作が再開。定点観測から人を、町を見つめる舩橋淳監督。 ”フタバ” と ”ひたち” から浮かび上がる工業国として走ってきた日本の今。現在公開中の『桜並木の満開の下に』を通して見えてくるものとは? 第8回大阪アジアン映画祭にて、日本初上映を迎えた『桜並木の満開の下に』上映の翌日にお話を伺いました。

沈みゆく日本の今がそのまま透けて見えるという形ができないか

茨城県日立市でとにかく桜を撮ってほしいという映画のプロジェクトであったということ、また、桜の時期のわずか10日間の撮影で、見事に四季を描いたというエピソードも昨日の舞台挨拶で伺いました。海や波もまた映画の中で大きな存在感を感じました。

「ひたちシネマ制作サポートプロジェクト」ということで、日立で映画を撮るという大前提がまずありました。ロケハンで日立という街を歩いてみて、海岸線に立つ日本の工業都市だということがわかりました。60年代、70年代に興隆して、日立製作所を中心とした工場だらけの、城下町なんですよね。いろいろ自動車や電気製品をつくって一つの大きな産業を築き上げて。

それが今、崩れかかっている。もう半分くらいしか稼働していないんです。ものづくり日本が斜陽になりつつあるいま、をそのまま体現している街。そんな側面を映画の中にも反映できないだろうか、と考えました。60年代くらいからずっとやってきて、今も稼働している木村製作所という町工場を一つ見つけました。システムや機械も、事務机なども、過去の繁盛した時代のまま、残っていた。

昔はよかったけれども、今は本当に立ち行かなくなってきている、という状態をそのまま描きたいな、と。この工場を見つめることで、沈みゆく日本の今が透けて見えるというか。

こうして日立を歩いて、ここは海と桜と工場の街なんだ、と。この3つのロケーションが柱になりました。


©2012 『桜並木の満開の下に』製作委員会

冒頭のシーンで、海岸線が一直線の風景で、海の向こうが霧であんまり見えない景色が、印象的でした。先が見えないというのは怖いのですけれど。

脅威と接し合っている感じですよね。あの湾岸道路はいいな、と思った。何となく、僕の中では、日本というより、中国みたいなんです。荒涼としているじゃないですか。安易なイメージかもしれませんが、とにかくあの茫漠とした荒々しさが好きだった。日立という街は、非常に四角い都市です。工場があって、硬質な感じの。煙突が立っていて、海の縁にコンビナートがあったり、非常に荒涼としている。

波はいつも高いところなんですか。シーンで映る波がいつも激しいものでした。
海のイメージの背景には、やはり震災のことも?


茨城の太平洋岸、鹿島から日立にかけては、波がとても荒いところなんです。風も強く、風力発電がつくれるって言われてる。いつも脅威と接し合っている日立という街が表れています。西部劇に出てくる、荒野の小さな集落という感じもします。そういうところが僕が日立に惹かれたところかもしれないです。

映画は震災前につくられる予定だったので、海は、以前からコンセプトとしてありました。結果的に、震災を挟んで撮ることになったんですが。心理劇を描く上で、海が、人の心が儚く変わってゆく一つの表象のような気もしていたんですね。だから人が海に向かい合うシーンが、自分の変化しつつある心理の映し鏡であるような意味を持ってくると思ったんですが、それは元々の考えていたことでした。

震災以後、さらに、個人の心理を映すだけではなくて、海は、自分の生きている、働いている工場や社会そのものを飲み込みかねない恐ろしいものである、という意味も加わりました。しかし、直接的に説明するようなことではなかった。この場所で撮れば、嫌が応にも画面に入ってくるものだと思ってました。

世界中で今同時に起こっている問い―既存の制度や文明が崩れ落ちてしまった後の世界で、人間はどうやって生きていくんだろうか?

釜山国際映画祭アジアン・シネマ・ファンド(ACF)助成作品として、釜山国際映画祭でのワールドプレミア。ベルリン国際映画祭では4作連続出品の快挙を成し遂げられました。今年のベルリン国際映画祭では、社会が沈んだ時の共通言語を持った作品が多かった、ということでしたが、この「共通言語」とは具体的にはどういうものなのでしょうか。

心理を見つめる内省的な視点です。去年から今年のベルリン国際映画祭でちょっと変わったな、と思ったのは、去年はアラブの春、ユーロ危機、フクシマというのがあって、世界的にいろいろと当たり前だと思われてきたシステムが崩壊した年でした。「政治の年」といわれ、政治色の強い映画がたくさんありました。脱原発したばかりのドイツでの映画祭ということもあって、フクシマも、核の恐怖よりもエネルギー政策という政治の文脈で見つめられていた気がします。震災への同情より、文明の利器としての原発が崩落したことへの政治的な意味が求められました。

当たり前と思われていたいろいろな制度や文明が崩落してしまった後の世界で、「人はどうやって生きてゆくのか?」というのが今年の中心的なテーマでした。人間の心理に焦点が当てられ、とても内省的な映画が多かった。

そんな文脈の中で、本作が捉えられたりして、これは世界中で起きていることなんだな、という認識を持ちました。ヨーロッパへ行っても、みな景気が悪いし、なかなか前向きになれない。むしろどれだけ自分の生活を縮小させるか、ということをみんな考えなければならない時代で、「どうやって心を保っていくか」という主題を映画にしてる作品が多かった。そういった世界的潮流とこの作品が図らずも一致していたんです。


©2012 『桜並木の満開の下に』製作委員会

同時代の文学との交流と映画―心理劇の奥深さに今、立ち戻ってみる

震災後、私たちは新しい感情というか、新しい神経の刻みを増やしたのではないか、と思います。経済的に縮小しなければならない部分もあるかと思いますが、それでも私たちは生きていかなければならない。昨日の舞台挨拶で、映画と日本文学の関係についてお話されていたことをもう少しお伺いしたいのですが。フィクションとドキュメンタリーをおつくりになられているところで、前に歩を進めていこうという時、文学の、物語の力というのはどのようにお考えでしょうか。

昨日舞台挨拶で話したことと大きく関わると思うんですが、日本の文学を掘り下げたものというものを映画は無視できないと思います。じつは日本では文学と映画の結節点として、1950年代、60年代に心理劇が集中的に量産された時期があった。それにチャレンジしたい、それをさらに発展させたいという気持ちがありました。

近年日本映画では心理劇があまり見られません。唯一例外だと思ったのは万田さんの『UNloved』(2001)[万田邦敏監督は本年度第8回大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門シネアスト・オーガニゼーション大阪(CO2)審査委員長]。観てますか? 超傑作です。男女3人しか出てこない。その心の葛藤だけを掘り下げてる。奇跡が起きて、最後におお!となって終わる。これはすごい。

なぜ、1950年代、60年代にあった心理劇が少なくなってきたのでしょうか。それは高度経済成長の中で、人間の個の生活よりも、前に進まなければならなかったということなのでしょうか。

そうですね。人間の豊かな精神生活というものが、高度経済成長の中でもう少し物質的なものに搦め取られたというのがあるかもしれないですね。ただ、映画というのはずっとあり続けたものだから、それは単なる怠慢であって、映画でいま心理劇をやっても全然おかしくないわけなんです。今そういったところに立ち戻ってみるというのは、むしろ面白いと思います。

昨日も話しましたが、成瀬[成瀬巳喜男(1905-1969)]の『浮雲』(1955)に、小津[小津安二郎(1903-1963)]が衝撃を受けたという、とても有名なエピソードがあります。さらに小津は志賀直哉[1883-1971]とも交流があり、『暗夜行路』(1921-1937)などに大きく影響を受けたりだとか、あの時代の映画作家は文学的なるものと深いところで響きあっていた。つまり、文学による人間存在の掘り下げを受けて、映画に何ができるのか、と真剣に考えていた。

「浮雲」を最初観た時、僕は高校生だったんですけれど、男女が離れてくっついて、離れて、くっついて、別れるっていうのに別れられないっていう。観てます?大傑作ですよ。あれを観た時に、別れるって言っているのに別れていなかったりだとか、はっきりしろよ!って思うんですけれど、はっきりできないのが伝わってくる。人間の業のようなものが出てくるんです。口で言っているのに、身体はそうではない、という。小津は当時衝撃を受けたらしいですね。

小津は「別離の作家」とよく言われていますが、家族の中で別れのシーンが多いですよね。嫁に行くとか、肉親が亡くなるとか、いろいろと。別れて悲しいというのは、そうなんだけれども、それだけじゃない、というのが「浮雲」だった。小津とは違います。別れたのに、別れていないということに人間存在の不可思議さ、が炙り出される。そういう視点もおもしろい。



人間存在の不可思議さを見つめるという視点

『桜並木の満開の下に』で描かれる「許す」という感情というのは、これまで「許せない」というのが歌舞伎など伝統的に基本にあって、それが敵討ちであったり、殺し、自害の物語となっていたと思います。コミュニケーションを絶ってしまうというのが、日本ではこれまで多かったと思います。「許す」というのは、日本人にとって新しい態度なのではないかな、と。

人間のこころが180度変わってしまう、ということに僕は興味があったんです。それが今作の原点でした。自分のだんなを殺してしまった男を愛してしまう女の話。そもそもドキュメンタリーの撮影の現場で、お互いすっごく仲良かったのに半年後に取材に行ったら、口も聞かず裏で悪口を言い合ってたり、その逆に仲が悪い人同士が時間が経つと嬉しそうに酒を飲んでいたり、するのをよく目にします。人間のこころが180度、時間とともに変化してしまうというのは不思議だな、面白いなと思って見つめていました。

その180度変わってしまう人間の「こころ」というものを描いてみたいという思いがありました。
実はこれは映画のストーリーテリングとしてやるのにとっても適した素材なんです。メロドラマに序破急や起承転結の起伏を付けるとき、シフトチェンジしていくわけですから。

主演の臼田あさ美さんが雑誌『映画秘宝』(2013年4月号・洋泉社)での大槻ケンヂさんとの対談の中で、監督の描くヒロイン・栞と、臼田さんが脚本を読み込んだ上でのヒロイン像との間で、激しいディスカッションが必要だった、というお話をされていました。監督は東京で演技・演出のワークショップをされるという告知を拝見しましたが、監督は撮影に入る前にワークショップとまではいかなくても、俳優とそういったプロセスを共有されるんですか。

実はそんなにプランしていなかったんですよ。自分の中で作り上げてきたんですけれど、心理劇ってとても難しいものでですね、台本に載っていないところまで相当掘り下げないとだめなので、そこで一致させるのに臼田あさ美と、特にこれは栞の物語ですから、彼女と完全に一致してもらわないと困るわけです。そこを摺り合わせるのには相当時間を割きました。

それはクランクインさせてから10日の撮影期間の中で一致させていったということですか?

ほとんど順取りに近い形で、こころの動きを撮影の中で少しずつ、つくっていくという作業でした。ほとんど、臼田あさ美という女優のドキュメント。彼女のこころの動きをドキュメントしてゆく。だから演出部・助監督と相談して、最初は三浦貴大と臼田あさ美は近寄らせなかったんです。わざと飯食う時にも離したりして。お互いに話さないでくださいって、距離を取らせたんです。そして、映画の中でぶつからせる。最初の共演シーンでは、いきなりドンとぶつからせました。

怖いですね。

本当にその緊張感がビリビリ来ました。何度もそんな衝突があり、徐々に撮影が進むにつれて、お互いの距離が変化してゆく。動物的なアプローチ。それはドキュメンタリーのアプローチ方法というか。実際に肉感的に二つの人間存在が近づいていくのをドキュメントする、という感じです。


©2012 『桜並木の満開の下に』製作委員会

監督は『桜並木の満開の下に』のイントロダクションで、「制度は既成のフィクションである」と仰っています。監督はもう一つのフィクションで、その「制度としてのフィクション」を開こうとしているのですか?

そうですね、言い方としてはそういうことになるかもしれないです。人間が人を好きになったり、嫌いになったりっていうのは、動物とどう違うんだ、と思うんですよね。ゴリラも好き嫌いがあるわけですよ。馬だってあって。動物もある、ということは結局は本能なんだ、と。人間の場合はしかし、制度的な好き嫌いもあるわけです。

フィクションとしての制度によって、好き嫌いが縛られているというのが、人間にはあります。例えば、成瀬の『乱れる』(1964)という作品があるんです。高峰秀子と加山雄三主演の物語で、自分の戦死した兄貴の奥さんとくっつく、禁断の愛です。これも傑作で、関係がひっくり返るんですよ。自分の兄の嫁さんなので、禁じられた関係なんですが、それって、人間が決めた結婚という制度ですよね。血はつながっていないわけだから。

ここでパブリシスト・松井さんが「別にかめへんのよ(笑)。『古事記』でも書かれている。後からできた制度によって、禁断かそうでないか、と言っているわけだから。」と仰る。

そう、今松井さんが言ったように「かめへん」のです(笑)。そういったものを突き抜ける、貫通させるっていうのがおもしろいな、と。この世界憎しみに満ちあふれているじゃないですか。いろんなところで憎しみ合っているし、それで戦争が起こっている。仲良くすればいいのに。
特に宗教のない日本人にとってはパレスチナ・イスラエル紛争の深さを知ると、何でそこまで嫌い合うのかと思いますが、その背景は全部宗教だったりするんですよね。宗教は正しく人間のつくったフィクションです。よく言われますけれど、人間と動物の違いは宗教があるか、ないかだと。宗教によって、人間のつくり出したフィクションによって、人を嫌う理由、好きになる理由をつくり出して、あれだけの殺し合いが産み出されている。

そこが僕の尽きせぬ興味があるところで、この脳で化学物質が分泌される「こころの動き」が、人を殺したり、攻撃したり、暴力を振ったりという指令を行う。そういう点に非常に興味があって、人の、人間存在の面白さというか、そういったものを掘り下げてみたいな、と。

だから次も心理劇をやるんです。次もまた、はじめ聞くと「これはあり得ない」と思うような関係を、映画を観てみると段々納得していく、というメロドラマにチャレンジしてみたいな、と。


©2012 『桜並木の満開の下に』製作委員会

「いや、そんなことはない、映画もできるんだ」ということをやってみたい

僕はドストエフスキーも好きなんですけれど、思いっきり掘り下げているところが面白くてですね、それが映画にもできる、映画は映画でまたできるところがあると思うんです。ドキュメンタリーというのは、情報量がものすごいあるじゃないですか。生の人間そのものを映しとるものだから。そこに生きている人間の心の表象として存在そのものを映しとることが、映画ができることで、それはまた、文学とは違う側面を持っている。

同時代では、桐野夏生がけっこう好きなんです。僕は『柔らかな頬』が好きなんですが、大傑作です。『東京島』[小説『東京島』(2008)は2010年、篠崎誠監督によって映画化]とかも面白いけれど、彼女の作品の中では、『柔らかな頬』がナンバーワンです。『柔らかな頬』は簡単に言うと、人間というのは心の中でいろいろなことを思っている。10人いたら10人それぞれ別なことを思っていて、話さない限り通じ合わない。と思いきや、どっかで通じ合っちゃっているんだ、ということをやっているんです。とても深い。この通じ合っちゃっていることが引き金になって、自分の娘を喪ってしまう母親の話です。娘は子どもだから何も分からないだろう、と思っていたら、母の考えていることを全部感じ取っていた。

言語化しなくても、通じ合っているんですか?

通じ合っちゃっているんだっていうことを、文学でやっているんです。それが面白かった。十人十色の心の模様をちゃんと10人(ぐらい)の視点を持って描いているんです。その力量がすごいわけです。桐野夏生は、これは映画にはできないでしょって言うんですよ。

言語化しなくても通じ合っているというのは、映画だから、映像だから見せられるものだと思うんですけれど。


僕の言いたいのは正しくそこで、僕にはまだその力量はないかもしれないけど、そんなことないっていうのをどこかで見せたい、と思っている。彼女は映画よりも文学の方が上だ、と言っているんです。映画は大抵、ストーリーで中心化して、一人か二人で進めなければならないけれど、文学はこんなに広く複眼的に世界の豊かさを描くことができるんだ、と。そういう面で映画は弱い、って言うんですよ。それはやっぱり映画の擁護者としては許せない。「いや、そんなことはない、映画もできるんだ」ということをやってみたい。



映画にしかできない心理劇を深化させる

それはある時、エドワード・ヤン[1947-2007、ホウ・シャオ・シェン、ツァイ・ミン・リャンとともに台湾映画ニューウェーブの一人。]もやろうとしていたんです。複眼的な映画をね。視点がいくつもあって、10個くらい同時に進んでいくというのをやっていましたが、彼も亡くなってしまいました。これは相当な力量がいるんですよ。一人の話を広げていくというのもなかなか難しい。本当に苦労するわけだけれど、それを10人でやっていくというのは。ロバート・アルトマン[1925-2006]みたいな人もいましたけれど、彼はもうちょっと大雑把な描き方ですよね。『ショート・カッツ』(1994)という映画もありましたけれど。心理劇として10人分を全部描くというのは、映画ではなかなか難しい。

観る方も追うのが大変ですよね。

そうですね。やはり、映画は時間の芸術なので、それを逆利用すべきだと思う。映画にしかできない心理劇があると思っています。それは一回、日本の映画史では追求されたこと。さらに現代で深化させたいと思っています。

受容するということ―挑戦の時代へ

最後に、昨年、オーディトリウム渋谷での『フタバから遠く離れて』の上映のときに井戸川前町長と町民の方々とお会いして、映画の宣伝を、フタバのことをよろしくお願いしますということを、お約束いたしました。続編のお話を少し伺いたいと思います。

今年中に何とか仕上げて、来年には公開したいと思っています。双葉町では被爆を受け入れるか、受け入れないかで町民が分裂しています。町が一つになれるのか、どうか。町が分裂して、町長が辞任して、町議会とけんかした。そして新しい町長が来た。町もぐちゃぐちゃで、どうやって将来のヴィジョンをつくるか揉めている。そのヴィジョンが共同でつくれるのか、どうか。チェルノブイリの時は社会主義政権だったので、トップダウンで決められた訳なんですが、民主主義国家で起きた原発事故なので、皆で合意形成をして行かなければならない訳です。民主国家で長期にわたり原発避難するのは人類史上初めてのことです。ずっとまとまらずに揉めています。

先日NHKスペシャルで面白いのがありました[「3.11 あの日から2年
シリーズ東日本大震災
故郷を取り戻すために
~3年目への課題~」2013年3月11日放送]。宮城県名取市閖上と南三陸町という2つの都市をケーススタディで比較しているんです。閖上は津波で全て壊滅した町をどうやって再生するかという都市計画が、2年経っても未だに何も決まっていない。南三陸町はようやく去年、皆で合意したプランが成立し、高台移転で元の町のところは商業スペースにするということで、都市計画がやっと着工した、という二つの町を比較していた。そこで見えてくるのが、同意形成のとてつもない難しさです。閖上は利害を一致させるのに、2年経ってもまだ揉めている。さっさと合意すれば、皆新しい生活ができるんだけれど、自分たちが揉めれば揉める程、自分たちの首を絞めるのにそれでもずっと揉めるというのがクローズアップされていました。

『桜並木の満開の下で』でも「許し」がテーマですが、日本には新たな挑戦の時代が来ているのですね。

受容の時代に日本は移ってゆかないといけないと思う。日本は移民を受け容れるべき、という意見もありますけれども、あながち間違いではないと思います。『桜並木の満開の下で』の元になった町工場でも、中国人の研修生はよく働くし人間ができてる。

映画の中で荒れた日本人同僚をなだめるのは、中国人研修生でしたね。新しい時代を感じました。


©2012 『桜並木の満開の下に』製作委員会



『桜並木の満開の下に』



監督・脚本・編集:舩橋 淳
出演:臼田あさ美 三浦貴大 高橋 洋


2013年4月13日(土)より、テアトル新宿、テアトル梅田、京都シネマにて公開中。
119分 /2012年
配給:東京テアトル/オフィス北野


公式サイト: 
http://www.office-kitano.co.jp/sakura/  




舩橋 淳 監督

映像作家。
東京大学教養学部表象文化論分科卒後、ニューヨークで映画制作を学ぶ。 長篇映画『echoes』(2001)は仏アノネー国際映画祭で審査員特別賞、観客賞を受賞。 第2作『BIG RIVER』(2006、主演オダギリジョー、製作オフィス北野)はベルリン映画祭、 釜山映画祭でプレミア上映される。またニューヨークと東京で時事問題を扱ったドキュメンタリーの監督も続けており、 アルツハイマー病に関するドキュメンタリーで米テリー賞を受賞。 『谷中暮色 (Deep in the Valley)』(2009)。原発事故により、埼玉県の旧騎西高校に避難する人々を追ったドキュメンタリー
『フタバから遠く離れて(NUCLEAR NATION)』(2012)は、ロングランで全国各地で上映されており、キネマ旬報の文化映画ベスト7位に選出された。


POSTED BY
Mitsutomo KAWAMURA
Mitsutomo KAWAMURA
1977年生まれ。洋服だけでなく、あらゆるジャンルの"表現者"と共にシーンを創る、
そして紡ぐということをコンセプトに2006年にエージェント4Kを設立。